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京都地方裁判所 平成6年(ワ)1404号 判決 1995年6月22日

原告

有限会社アーバン

右代表者代表取締役

濱田辰彦

被告

アーバンホテルシステム株式会社

右代表者代表取締役

杉本豊平

右訴訟代理人弁護士

小原望

叶智加羅

東谷宏幸

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、ホテル営業について、「アーバンホテル京都」の表示を使用してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の営業表示・商号

原告は、昭和六三年三月より、京都市伏見区西大手町において、「アーバンイン伏見」という営業表示でホテル営業(以下「原告ホテル」という。)を行っている者で、原告の商号は、「有限会社アーバン」として、昭和六二年一二月五日に京都地方法務局において登記されている。

2  被告の営業表示・商号

被告は、平成六年より、京都市伏見区深草西浦町において、「アーバンホテル京都」なる営業表示でホテル営業(以下「被告ホテル」という。)を開始したものである。

3  原告の営業表示の周知性

(一) 原告は、昭和六三年のホテル開業以来、京都市伏見区を中心として二十数ケ所に原告ホテルの広告看板を設置すると共に、新聞及び雑誌に原告ホテルの広告を掲載し、またタクシーのリアウィンドウに原告ホテルの広告を掲示すること等により、大規模な広告活動を行ってきた。

(二) これらの広告活動の結果により、さらに原告ホテルは、本格的なロビー、フロント、二九の客室を備えた、伏見区における初めての本格的ビジネスホテルであったこともあり、開業以来順調な経営を続け、伏見区を中心とした京都市南部地域において、原告ホテルの「アーバンイン伏見」の名称は、タクシー運転手や地元企業をはじめとして一般に広く認識されるに至った。しかも、原告ホテルの名称は「アーバン」と略称されることも多く、伏見区内の地元タクシーの運転手等には「アーバン」と言うだけで原告ホテルのことであることが通じるなど、「アーバン」といえば原告ホテルを指すものとして認識されている。

4  営業表示の類似性

原告ホテルの名称である「アーバンイン伏見」と被告ホテルの名称である「アーバンホテル京都」とを比較すると、「イン」と「ホテル」は、いずれもホテル営業を示す名称であり、ホテル名称としては自他識別性の低いものである。また、「伏見」と「京都」も、両ホテルがともに京都市伏見区に存することから、一般需要者の注意を惹くことは少なく、省略して呼称されることが多い。従って、両者の名称の要部は「アーバン」という語句にほかならず、名称の要部を同じくする両者の名称は、類似している。

5  混同及びそのおそれの存在

(一) 被告ホテルが開業して以来、以下のようなすでに混同の事例がたびたび発生し、原告ホテルの営業利益が害されている。

(1) 被告ホテルに予約した客が原告ホテルに来館し、原告ホテルが予約がないことを告げると、原告ホテルの予約ミスであるとして、原告ホテルを非難する。

(2) 被告ホテルに泊まっている客宛の電話が原告ホテルに掛かり、原告ホテルに宿泊していないと告げても納得せず、原告ホテルを非難する。

(3) タクシーが間違って客を配送する。タクシー運転手も、名前が似ているので混乱している。

(4) 原告ホテルと被告ホテルが系列ホテルであると勘違いし、原告ホテルに対し、被告ホテルについての問い合わせがある。

(5) 予約した客が予約日当日、原告ホテルに連絡なしに来館しないこと(No Show)が増えている。これらの客は被告ホテルに流れている可能性が高い。

(二) このため、今後も、原告ホテルが開業以来の経営努力によって培ってきた、信用・顧客などの財産上の利益が害されるおそれが大きい。

6  よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法第二条一項一号に基づき、「アーバンホテル京都」なる被告ホテルの営業表示の差止を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が「有限会社アーバン」として商号登記をしている事実は認め、その余は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認ないし不知。

4  同4の事実のうち、原告ホテルと被告ホテルの名称において「アーバン」の語句が共通であることは認め、その余は否認ないし争う。

(一) 原告及び被告ホテルの名称中、「アーバン」の部分は、英語で「都市の」あるいは「都会ふうの」という意味を示す一般形容詞にすぎないことから、これ自体では営業表示の要部とはなりえないものであり、両者の類似性は営業表示全体を総合して判断されなければならない。

(二) 原告ホテルの名称と被告ホテルの名称とは、一方が、アーバン「イン伏見」であり、他方はアーバン「ホテル京都」であって、その外観においても称呼においても明らかに異なっており、類似性はなく、「アーバン」は英語の一般形容詞にすぎないことから、特に営業表示に特徴のある識別性を生み出すものではないことからすると、営業表示を全体として見た場合、両者は明確に区別可能で、類似性があるとは到底いえない。なお、原告の商号は「有限会社アーバン」であり、被告の商号は「アーバンホテルシステム株式会社」であるが、もし原告主張のとおり「アーバン」が営業表示の要部であって、その共通性ゆえに両営業表示について類似性・誤認混同のおそれがあるとするならば、被告ホテルの商号登記はなしえなかったはずである。

5  同5(一)の事実については不知、(二)の事実については否認ないし争う。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者間に争いのない事実(請求原因1の事実の一部及び請求原因2の事実)並びに甲第一号証、同第二号証、同第一六号証、乙第一号証、証人田中貴子の証言及び被告代表者本人尋問の結果によると、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和六二年一二月五日に、有限会社京滋総業から「有限会社アーバン」に商号変更登記され、京都市伏見区竹田街道大手筋下ルにおいて、昭和六三年三月六日に「アーバンイン伏見」なる営業表示でホテル業を開始したものである。

2  被告は、平成四年一〇月一六日に設立され、「アーバンホテルシステム株式会社」として商号登記され、肩書地である京都市伏見区深草西浦町四丁目五九番地において、平成六年三月一〇日に「アーバンホテル京都」なる営業表示でホテル業を開始したものである。

二  原告ホテルの営業表示の周知性の有無について

1  甲第五号証ないし第一六号証、同第一九号証、証人田中貴子の証言によると、以下の事実が認められる。

(一)  原告ホテル開業以前においては、京都市伏見地区における宿泊施設としては、家庭的な民宿や旅館といったものがほとんどであったところ、原告ホテルは客室数二九室、本格的なロビー、フロント、喫茶施設等を備えた本格的なビジネスホテルであったため、開業当初の広告においては「伏見にはじめてのシティ派ビジネスホテル」として宣伝広告活動を行った。

(二)  原告の宣伝広告活動の具体的内容は以下のとおりである。

(1) 京都新聞・朝日新聞・毎日新聞・読売新聞に折り込みチラシとして九万五〇〇〇部を伏見区全域に配付した。

(2) 伏見タクシー・協和タクシー・淡路交通のタクシー車内にチラシを備えつけ、また、タクシーのリアウィンドにも広告を掲載した。

(3) 京都新聞・サンケイリビング・リビング京都・週刊テレビ京都・週刊ポスト・週刊現代・savvy・月刊京都・JR編集時刻表・るるぶに営業広告を掲載した。

(4) 京阪電車の中書島駅及び伏見桃山駅の駅看板、主要幹線道路、国道一号線、旧一号線、新油小路通、伏見近辺に点在するパチンコ店駐車場に立て看板を掲げ、パチンコ店店内にポスターを掲示した。

(三)  こうした宣伝広告の甲斐あって、開業二ケ月目には、人員稼働率においては八五パーセント以上、部屋稼働率においては九〇パーセントを超えるものとなった。原告ホテルの名称は「アーバン」「アーバンさん」等と略称されることも多く、伏見区内の地元タクシーの運転手等には「アーバン」と言うだけで原告ホテルのことであることが通じていた。

2  右認定事実によれば、原告ホテルの営業表示である「アーバンイン伏見」は京都市伏見区及びその周辺地域においては広く認識され、周知性を有するものと認められる。

三  類似性及び混同を生ずるおそれについて

1  認定される事実

甲第五号証、同第一六号証ないし第一九号証、乙第一号証、同第二八号証、証人田中貴子の証言及び被告代表者本人尋問の結果によると、以下の事実が認められる。

(一)  原告ホテルは総客室数二九室(シングルルーム一六室、ツインルーム一一室、和室一室、VIPルーム一室)、ロビー、フロント、喫茶施設等を備えたビジネスホテルである。その宣伝広告活動は前記二1(二)において認定したとおりであり、原告ホテルの客層は、地元の企業に来るビジネス客が八、九割を占め、シーズンに応じて受験生や大学関係者などが宿泊している。また、個人の常連客が約三〇パーセント、法人予約が六〇乃至七〇パーセントを占め、ウォークインの客も一日三、四組ある。

(二)  被告ホテルは総客室数二〇〇室、会議室、パーティー催し会場、レストラン、ティーラウンジ、駐車場(八五台収容)等を備えた大規模なホテルで、京都市内にすでに存在する老舗のトップクラスの大ホテルを除いた、いわゆるビジネスタイプホテルとしては京都の最大規模である。広告宣伝活動としては、開業時には相当回数にのぼる、毎日新聞、京都新聞、朝日新聞、読売新聞等の新聞広告や各種の全国発売の旅行雑誌・地元案内雑誌への広告掲載、全国の提携旅行代理店数店を通じての広告、電話帳広告、京都駅地下の電飾看板広告、テレビ・ラジオ等を使用した大規模な広告宣伝活動を行い、かつ、新聞広告や雑誌広告、電飾看板広告、旅行代理店を通じての広告は現在も続けられている。その客層は、被告ホテルで誘致した会議のため来館するものを含むビジネス客、観光客であり、地域的構成比は、京都府・京都市関係が約一〇パーセント、関東圏が四〇パーセント弱、外国人客が一〇パーセント弱、残りは全国各地からとなっている。これらの客の予約形態は、提携の全国の大手旅行代理店数社を通じてのオンラインによる予約、あるいはこれらを通じない前日までの予約により来館するものが多く、当日予約客の率は非常に低い。

(三)  原告ホテルの最寄りの駅は京阪電鉄の伏見桃山駅であり、被告ホテルの最寄りの駅は京阪電鉄の深草駅である。両駅の間には三つの各駅停車の駅が存在する。

(四)  被告ホテルが開業して以来、原告ホテルと被告ホテルとの間で以下のような事件がたびたび発生している。

(1) 被告ホテルに予約した客が原告ホテルに来館し、原告ホテルに予約がないことを告げると、原告ホテルの予約ミスであるとして、原告ホテルを非難する。

(2) 被告ホテルに泊まっている客宛の電話が原告ホテルに掛かり、原告ホテルに宿泊していないと告げても納得せず、原告ホテルを非難する。

(3) タウシーが間違って客を配送する。

(4) 原告ホテルと被告ホテルが系列ホテルであると勘違いし、原告ホテルに対し、被告ホテルについての問い合わせがある。

(5) 予約した客が予約日当日、原告ホテルに連絡なしに来館しないこと(No Show)が増えている。

2  類似性の有無

(一) ある営業表示が不正競争防止法二条一項一号にいう他人の営業表示と類似のものにあたるか否かについては、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である(旧不正競争防止法一条一項二号につき最高裁判所昭和五八年一〇月七日判決民集第三七巻第八号一〇八二頁)。

(二) ところで、原告ホテルの営業表示である「アーバンイン伏見」と被告ホテルの営業表示である「アーバンホテル京都」とは、「アーバン」という部分において共通している。しかしながら、右の「アーバン」との名称は、もともと「都市の」あるいは「都会ふうの」という意味を示す英語の形容詞で、広く一般名称に利用されている(被告代表者本人尋問の結果によると、全日本シティーホテル連盟に加盟している二百七、八十社のうち「アーバン」の名称を用いたホテルは十数店あると認められる。)ところであり、「アーバン」との名称が原告の営業表示を表すものとしての特段の識別性、顕著性を有するものとは認められない。

(三) そこで、さらに、原告ホテルの営業表示と被告ホテルの営業表示とを全体として観察すると、まず、原告ホテルの営業表示「アーバンイン伏見」と被告ホテルの営業表示「アーバンホテル京都」とは、「アーバン」を除いた「イン」「伏見」と「ホテル」「京都」とでは外観、称呼が全く異なっている。

(四) 次に、観念における類似性について検討すると、確かに、「イン」と「ホテル」とはいずれも宿泊施設を表す名称であるが、「イン」は比較的小規模な宿泊施設を連想させるのに対し、「ホテル」は多種多様であり、直ちに「イン」と同様の連想を抱かせるものではない。また、「伏見」と「京都」も、後者が前者を地域的に包含する関係にあり、前者「伏見」の語句をつけた方のホテルは、京都市の伏見地区にあることが推察されるのに対し、後者「京都」の語句をつけた方のホテルは、京都市のどの地区にあるのか推察しえず、両営業表示が観念において類似しているとは認められない。

(五) そうすると、「アーバンイン伏見」と「アーバンホテル京都」とは、「アーバン」の部分は共通するが、両営業表示を全体的に観察すると、外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等は異なっており、取引者又は需要者が両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあると認めることはできない。

3  混同のおそれについて

(一)  そこで、さらに両営業表示の誤認混同のおそれについても念のため検討しておくこととする。

(二)  不正競争防止法二条一項一号にいう「混同を生じさせる行為」とは、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一営業主体と誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をも包含するものと解されているところである(前掲最高裁判所判決参照)。そこで、原告ホテル及び被告ホテルの両営業表示を比較した場合、「アーバン」との文字が共通することから、両者はあるいは系列のホテルであると誤信されるおそれがないとはいえないところである。

(三)  しかしながら、前記三1において認定したとおり、原告ホテルと被告ホテルとはその営業規模にはかなりの格差があり、またその広告宣伝活動の点においても、原告ホテルのそれは京都市伏見区近辺を中心に展開されているものであると認められるのに対し、被告ホテルのそれは大規模かつ継続的であり、その範囲は日本全国に及んでいる。これらの結果、それぞれの客層も、原告ホテルにおいては、主として地元企業へのビジネス客であり、しかも総客数の三〇パーセントが個人の常連客、六〇ないし七〇パーセントが法人利用であるのに対し、被告ホテルにおいては、全国の旅行代理店を介してのビジネス客及び観光客が大半を占めている。そして、こうした経営規模・営業形態・客層の著しい差異に加え、前記2において検討したような原・被告両ホテルの営業表示の外観、称呼、観念の非類似性も総合して判断すると、両営業表示に誤認混同のおそれが存在するということもできない。

4  なお、前記1(四)認定のような事件が原告ホテルにおいて発生していることが認められるのであるが、不正競争防止法上の「類似性」あるいは「混同のおそれ」の有無は法的評価の問題であり、前記1(四)認定のような事件が発生したからといって直ちに法的に「類似性」あるいは「混同のおそれ」があると評価することはできない。

四  したがって、原告ホテルの営業表示である「アーバンイン伏見」と、被告ホテルの営業表示である「アーバンホテル京都」には類似性が認められず、また、誤認混同を生ぜしめるおそれも認められないから、被告ホテルがその営業表示として「アーバンホテル京都」を使用することが、不正競争防止法上の不正競争行為に該当すると認めることはできない。

五  以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鬼澤友直 裁判官難波雄太郎 裁判官本田敦子)

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